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更新日2006年3月17日
勉強会
こちらのページは聖書(教理)の勉強会で学んでいる内容を掲載しております。

『教理勉強会』は毎月第1、3金曜日4月、7月に限り、第2、4金曜日)に行われております。その他にも木曜日には『聖書学び会』が行われております。どちらの勉強会も参加自由ですのでお気軽にご出席下さい。勉強会の時間は「礼拝と集会」のページにてご確認下さい。

勉強会内容

■ 2006/03/17 古代都市に対する預言 ■ 2005/02/04 牧師について
■ 2006/03/03 その他の預言 ■ 2005/04/01 聖書について
■ 2006/02/03 預言の具体例 ■ 2004/01/30 神について
■ 2006/01/20 出エジプト記



古代の諸都市に対する預言 (2006年3月17日)

 「ニネベ、バビロン、その他・・・」この中のどれに関する預言を研究しても、神こそ、これ等の書物の著者であられる事を十分証明できる。
 「ニネベ」はかつてチグリス河畔にあったアッシリヤの大都市であったが、この町に関しては多くの預言がある。この都は周囲が96kで、30mの高さの城壁に囲まれ1500の建物が林立し、道幅は三台の兵車が並んで通れる程であった。
 ナホム書には、とても信じられない様な言葉で、この首府の運命が描かれている(ナホム書2:6,8、3:13,19)。この預言が記されてから100年程後のBC607年に、メディヤ軍とバビロン軍が包囲している最中に、突然増水して「漲る洪水(ナホム書)1:8」となり、この比類のない洪水は城壁の一隅を崩した。この川の門を通って水が流れ込み、日干し煉瓦で出来ている宮殿の基礎を溶かしてしまった。王と廷臣達は泥酔し(ホセア書3:11)自分達の運命の時を自覚し、火葬の為の薪を積み重ね、それに火をつけて死んでいった(ホセア書3:15)。この町はそれ以来、再建されていない。1845年にレヤードという考古学者がイラク北部の廃墟クユンジュクをニネベの跡だと確定するまで、町の跡さえ忘れられていた。

「バビロン」
 ユウフラテス河畔にあったこの町は、古代に於いて非常に傑出した都市であった。高さ約90m、厚さ約24mの城壁の内側には、古代の他の都市とは比較にならない様な建物や庭園があり、古代都市では他に類を見ない程の奢侈と華美の中心となっていた。バビロンの空中庭園は、古代世界七不思議のひとつであり、その宮殿や神殿の素晴らしさは言語に絶する程であった。あらゆる事を考慮に入れるなら、聖書にあるバビロンに関する預言が文字通り成就する等とは到底考えられない事であった。
 それにも拘わらず、イザヤ13:19〜22、14:23等の預言は、詳細な点に至るまで成就したのである。「国の誉れであり、カルデヤ人の誇りである麗しいバビロン」にこの預言が、文字通り成就するという事を当時の人々の誰が想像出来ただろう。アレキサンダー大王の時代にあってすら、この都市は尚、隆盛を極めていたが、それ以降は次第に衰退の一途を辿っていった。

バビロンの預言の成就
 現在、この都市は預言成就の実に良い具体例になっている。旅行者の報告によると、この町には人間は全く住んでおらず、ベトウイン人すら、その姿を見かけないそうである。アラビア人の間には様々な迷信が取り沙汰されている為に、そこで天幕を張る者は誰も居ないそうである。
 都市の跡は、草木が一本も生えない荒地で、廃墟にある洞穴は僅かに荒地に棲息する野獣の棲み家となっているに過ぎない。獅子、山犬、その他色々な他の動物が廃墟の中に戯れているので、城壁に空いた穴を通して獣の咆哮が木霊(こだま)する。だからこの辺りでは人影は滅多に見かけない。この預言が、バビロンの遺跡の預言的描写として記されたという事は今になって頷かれ、2500年以上も前に書かれたという事も間違えのない歴史的事実である。
 更にこの預言(エレミヤ51:26、37)にある同じ様な預言と比較する時、更に驚かされる。バビロンの平原には石が全く見当たらない。近隣の村々は何処に行っても石と名の付く物は一切、家屋の中で発見出来ない。詰まり煉瓦が唯一無二の建築材料なのである。バビロンの神殿や宮殿に使用された石は遠隔の地からわざわざ運ばれて来たのである。この様な輸入石材は非常に高価な物であった。バビロニヤ地方の殆んどの建物は煉瓦建築であったので、石材のバビロンの廃墟は20世紀もの間、周辺地域の為に建材の採集場の様な役割を果たしていた。石灰を取る為に石を焼いたのである。この様にして、バビロンの石という石は残らず持ち去られてしまい、預言は文字通り成就したのである。

 古代バビロニアは驚異的な水路網を備え、世界で最も肥沃な土地を持ち、人口緻密な地の一つに数えられてたが、現在では水路は沼に変わり土地は不毛になっている。人々がこの地を捨ててから長年月を数えるので荒廃してしまったからである。
 このバビロンに関する預言とエジプトに関する預言との相違に注目すべきである。預言通りにバビロニヤ帝国は消滅し、エジプトは小さくなったが、国として存続してきている。どうしてこれ等の生起不可能な預言が二つながら言葉通りに成就して、両者が入れ替わらなかったのであろうか。神が預言者を通して語ったのだという以外に説明が出来るであろうか。


「ぺトラ」(エドムに関する預言)
 エサウの子孫の国であるエドムに関しては、キリスト紀元に成就された四つの注目すべき預言がある。エドムは回教徒によって攻略される頃までは、死海の 南部地方で栄えた富裕で人口緻密な国家であった。その首都ぺトラは高くそびえた山(セイル)の頂上にあり、住居は堅固な岩石を穿って えてあった。エドムは実に肥沃で、集約的に耕作されており、山々は段状に耕されて豊かな収穫をあげていた。しかしながらこの国の富の主要な源泉は通商にあった。隊商の交通するアラビヤ半島の幹線道のひとつが、この国を横切っていて、毎年、大きな市が開かれ大量の商品が取引され莫大な富を得ていた。

(1)隊商の断絶
 この四つの預言の第一は通商に関するものであった。「私はセイル山を全く廃し、そこに行き来する者を断ち・・・」(エゼキエル35:7)、即ち、セイル山(エドムの別称に使用される)への通商は停止し、隊商は二度とこの国を通過しない様になるであろうというのである。この言葉が記された当時に、この預言ほど成就する可能性が乏しく見えたものはなかった。だが今日では、あの通商都市の廃墟は全く沈黙によって支配され、隊商の影すらもないのである。

(2)エドムの絶滅
 第二の預言は国民に関するものであった。「エサウの家には残る者が無い様になる」(オバデヤ書18節)と主は言われた。人々は く滅ぼされて影も形もなくなるというのがこの預言の意味である。預言された当時は、この預言も又、非常に奇妙な感じを人々に抱かされた。それはエドムの人々が殆んどユダヤの人口に匹敵する程であったからである。ユダヤ人が他と判然と区別出来る別個の民族として現在に及んでいるのに比べてエドム人は何故一人残らず絶滅しなければならないのであろうか。しかし、神の預言は一点一画も誤りがない。この預言は十字軍遠征の時代に至っても尚実現をみなかったとはいえ、今日エサウの子孫と名の付く者は一小種族ですら指摘するのに苦しむ程である。

(3)廃墟の国土
 更に奇妙な預言は国土そのものが廃墟となるという事であった。「主なる神はこういわれる。『セイル山よ、見よ、私はあなたを敵とし、私の手をあなたに向かって伸べ、あなたを全く廃し、あなたの町々を滅ぼす。あなたは荒れ果てる』」(エゼキエル35:3,4)
 これ以外の国でも国民が絶滅してしまった例はあるが、現在では立派に人が住んでいる。エドムもこの例に倣うものとどうして期待できないのであろうか。この国の肥沃な土地は移住民に大きな魅力を与えた。その点からも、この預言の成就は極めて望み薄の様に思われた。それにも拘わらず、町々には住む人も無くエドムの岩屋には人の気配すらない状態になってしまった。この国は文字通り驚愕の的となっている。


参考文献 「キリスト教信仰の基礎」フロイド・ハルミトン著、「聖書と科学」S.M.コーダー著

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その他の預言 (2006年3月3日)

【1】 ツロに関する預言(エゼキエル書26章1〜14節)
 ツロはフェニキア人の町。町の徹底的な破壊の預言。エゼキエル書はネブカデレザルによるツロ包囲以前に記された。しかし、合理主義者たちは本書の年代を引き下げて、この箇所は包囲後であってそれれ以前ではないと主張する。

 ところが万歩譲って若しそうだったとしても、この預言の中には、誰にも否定できない驚くべき言葉が記されている(エゼキエル書26章12節)。
 ネブカデレザルの時代にはこの町の中心は大陸本土にあった。大王は13年間包囲の後、この町を攻略した。しかし、町の人々は陥落以前に財産の殆んどを沖合いの島に運び、破壊された町の廃墟はそれから2世紀半残されたままであった。
 この間、沖合いの島に作られたツロの町は強力な艦隊に守られ繁栄を誇り、前述の預言は一向に成就しそうになかった。ところが、
ツロ陥落により二世紀半後この預言は驚くべき方法で文字通り成就したのである。
 アレキサンダー大王が沖合いのツロを大群を率いて攻略しようとしたが、彼はツロの艦隊に勝る艦隊を持っていなかった為ツロは容易に陥落しなかった。そこで大王は沖合いの島を攻略する為に島までの海を埋め立て(旧ツロの廃墟を海に投げ入れて)陸道を造った。
 ところがこの陸道はツロの大艦隊によって破壊された。そこで大王は再度、陸道建設に取り掛かかり陸道を完成させた時、この預言は文字通り成就した。
 二度目の建設の時、大王は旧ツロの遺跡を海に投げ入れたのみか、町の土、、塵までもが削り取られ海中に投ぜられた。※現在、ツロが半島の先端にあるのはこの陸道による。
 その時、「・・・私はその塵を払い去って、そこを裸岩とする」との御言葉が文字通り成就したのである(エゼキエル26章4,12,14節)。旧ツロのあった所は、全く裸岩となっているどころか、そこは現在も、御言葉通り「海の中の網を引く場所とな・・・」になっている。それのみか、
旧ツロは「二度と立て直されない」との御言葉通り、今日まで再建されたことはなく、又、今後その予定もない。

※今日のツロは半島となった沖合いの島であった所にある。旧ツロは過去2,500年間裸の岩のままであり、漁師が網を引き人の住まない所となっている。
 


【2】 シドンについての預言(エゼキエル書28章22,23節)
 同じフェニキヤの町。この町の場合、ツロと違って町が再建されていないという預言ではなく、それは悲惨な状態を示して町が流血と殺戮の場となるという預言である。
 BC35年、ペルシャ王に服していたシドン人は反逆し、ペルシャ王に攻められた時、シドンの王は自分の命と引き換えに町を敵の手に渡した。その時、ペルシャ王の残虐さをよく知っていた町の人々は敵の拷問を受けるより、自ら命を絶つ事を選び、家に閉じ籠もり、火を放って死んだ。
 しかし、その後直ぐに、同じ場所に再建された。この町はその後も幾度となく占領され、町の人々は殺されたが、その度に再建された。現在は人口約1,500人程度の町である。

※もし、ツロとシドンの預言がその運命を互いに取り換えていたら、一体どうなっていただろうか。この二つの町に対する預言が、それぞれ的確に成就しているという事は、正に聖書の預言成就の記念碑といえよう。


【3】 エジプトについての預言(エゼキエル書29〜32章)
 エジプト人の歴史はBC6,000年にまで遡る。世界最古の国の一つであり、古代世界に於ける政治、軍事、文化の中心地の一つであったのみか、紀元前一世紀の頃のローマ皇帝アウグストの時に於いてさえ「世界の穀倉」と呼ばれた程である。
 3,500年もの間、繁栄の極に達した歴史を通じて外国からの侵略を退け、エジプト人の王が君臨し続けて来たエジプト(ヨセフの時、一度だけ外国人の王に支配されたのを除いて)、この世界最強の国に向かって預言者エゼキエルは次の様に預言した(エゼキエル書29章12〜15節)。

(1) エジプトの衰退
 エジプトの国はネブカデレザルに侵略され40年間は廃墟し、人々は捕囚として連れ去られるが、帰国を許され再び王国は形成される。しかし、それは以前の栄華と比べて卑しい国であって全ての国から蔑まれるようになった。
 そして現在に至る迄、過去数千年間の歴史を見ても分かるように、世界に対して指導的な役割を演ずる事は無くなった。大国として扱われる事無く、エゼキエルが預言したように「小さくなる」というのである(29章12節)

(a) 預言成就の不可能性
 エゼキエルがこの預言を語った時、これ程その成就が不可能に見えたものはなかった。何故なら、当時のエジプトの繁栄は絶頂期にありバビロニヤと西アジアの覇権を争っていたからである。
 しかし、絶頂期にあったエジプトに対してこの預言の特別な運命に注目せねばならない。それは、エジプトは小さくなる運命に置かれ、次第に衰退の道を辿る事になっていたという事である。即ち、それは急激な衰退ではなく、緩慢な衰退であったという事である。

(b) 預言の成就
 ネブカデレザルの治世のの後、エジプトの国力が衰えたBC525年にエジプトはペルシヤ帝国に占領され、100年以上もその支配下に置かれ、その後、ギリシャの支配下に置かれ、ローマ帝国に占領される迄、ギリシャ人による王(プトレマイオス王朝・・・クレオパトラで有名な王朝)による支配が続いた。 
 この様に長期に渡るギリシャ人の支配(ギリシャ文明)は、エジプト文明を衰退させ、古代エジプトの形式、精神は全く変化させられていった。
 その後は、ローマ帝国、サラセン帝国(回教王朝・・・イスラム教の王朝)の支配が続いた。

(c) エジプトには君主が居なくなる(エゼキエル30章12,13節)
 王国は存在するが、外国の君主によって統治され略奪されるという意味である。この他国人は複数で、何カ国かによってエジプトは次々に治められ略奪されるという事を意味している。
 預言されていた時代から今日まで、純粋なエジプトの王が起こった事はない。かつてのパロのような偉大な君主は消え去ってしまったのである。バビロニア、ペルシャ、ギリシャ、ローマ、アラブ、トルコ、フランス、イギリスという順序で占領が繰り返された。これ等の征服者(他国人)は、例外なくエジプトの富を略奪していったのである。

※今日のエジプトは回教(イスラム教)の国であり、アラブ諸国の中では大国であっても、かつての偉大なパロ(ファラオ)が君臨した大エジプトの面影はない。

 以上の様に、エゼキエルの預言は2,400〜2,500年の長きに渡って緩慢に成熟したのである。外国人によるこの様な何世紀にも渡るエジプトの支配は、エジプトを政治的、経済的にもその重要性を失わせ、結局、その富は四散し、国民は貧困に悩まされ、弱小国となってしまった。今日のエジプトが世界史上に果たす役割は竺細なものに過ぎず、かつての栄華、栄光は遠い過去のもの(遺跡に見られるのみ)となってしまった。


(2)エジプトに関するその他の預言
(a) 運河の衰退(エゼキエルBC500年、イザヤBC600年頃)
 エゼキエル30:12「我こそ河々を涸し・・・」「私はナイル川を干上がった地とし」(新改)となっているが「河々、支流」という意味。イザヤ19:5,6「海から水が干され、川は干上がり、涸れる。多くの運河は臭くなり、エジプトの川々は水嵩が減って、干上がり・・・」

 エジプトが世界の穀倉地帯であり莫大な富を得たのは全土に張り巡らせた灌漑機構(運河)によった。毎年起こるナイル川の氾濫によって潤された沃土を利用する事によって。イザヤ、エゼキエルによる預言はエジプトの富を生み出すこの灌漑機構に対するものであった。
 この預言は七世紀の回教徒によるエジプト侵略によって成就した。彼らは侵略後、運河の整備は全く顧みず、運河は徐々に埋没していった。預言は文字通り成就し、運河や用水路は涸れて干上がってしまったのである。

(b) パピルス・・・紙の語源
 昔はエジプトの河や運河にはパピルスが生い茂っていた。キリスト紀元に至るまで、非常に長い期間、エジプトの産業に大きな役割を果たしえきた。
 ところが、不思議な事に今日のエジプトでは、これ等の植物は殆んど見出せない。イザヤは次の様に預言している。「葦や蘆も枯れ果てる。(イザヤ19:6)」

(c) テーベとメンフィス
●テーベ
 古代エジプトの二つの主要都市は、上下両エジプトの首都テーベとメンフィスであった。テーベは世界でも比類を見ない様な壮麗を極めた都市のひとつであった。
 そのテーベにエゼキエルは「私は・・・テーベに審きを行い・・・テーベの群集を断ち・・・テーベは打ち破られ・・・」(エゼキエル30:14〜16)と主の言葉を語った。テーベは歴史上かつてなかった程の人手による激烈な二度の打撃によって衰滅した。
@BC525年ペルシャ王カンビセスによって、徹底的に破壊された。その後、この都市は復興したが昔の面影はなかった。
A第二の攻撃は、クレオパトラの祖父によってなされた(この時でさえ、この町は国内で最も富裕な都市のひとつだった)。三年余りの激しい抵抗の後、この都市は再び殆んど跡形もない程に破壊された。 
 エゼキエルの預言はこの時成就し、神はテーベに審きを行われ、群集は断たれ、全く打ち破られてしまったのである。

●メンフィス
 「私は偶像を壊し、メンピスで偶像を滅ぼす」(エゼキエル30:13)。エジプトのこの大都市の顕著な特徴は、その壮麗な神殿にあった。各地に散在する碑は、神殿や偶像に関する記事で埋まっており、その祭司制度は古代世界に於いて、最も有名なものであった。
 エジプトに対する神の審きの主なるものは、その偶像に対するものであった(出エジプト記12:12、民数記33:4)。故に首都メンフィスについて、「偶像を壊し、偶像を滅ばす。」と言われたのである。メンフィス以外の地では偶像は破壊されず、絶える事はなかった。
 キリスト紀元頃のメンピスは広大で繁栄を誇っていた。ところが今日ではメンフィスは全く跡形もなく破壊されてしまっているので、前世紀まではその位置さえ不明だった。
 偶像に関しては、破壊された像が僅かと彫刻の破片が残っている以外には、偶像や神々の画像は全く見られない。あの広壮華麗な大神殿は悉く、その華麗な彫刻や絵画と共に地上から完全にその姿を消してしまったのである。
 この事実は偶像がおびただしく立ち並び、神々の像が神殿の壁に今尚、見られるテーベの廃墟とメンフィスのそれを比較する時、そこに成就した預言に対する驚異は更につのるのである。

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預言の具体例・・・「ユダヤ民族」と「イエス・キリスト」 (2006年2月3日)

【1】 ユダヤ民族
(1) 奇跡の民族
 この民族は非常に不思議な民族である。彼らがどのような運命を辿るかが事前に詳しく預言されていた。彼らの民族の歴史を辿ってみると、我々は、彼らが現在迄の何千年もの間、預言されていた通りのコースを歩んで来たという驚くべき事実を発見出来る。
 この民族の特異性は、彼らが真理を全世界に伝える為のパイプ役としての使命が与えられていたことである。又、ユダヤ人ほど、波乱万丈の運命を辿った民族は他にない。イギリスの歴史家、アーノルド・トインビーは、「ユダヤ民族が現在存在する事が奇跡である」と言っている。
 彼らは二度祖国を失い、2600年の間世界各地で流浪し、行く先々で迫害を受けたにもかかわらず、民族の純粋性を失わず、滅びず、最近になって1900年ぶりに祖国を再建した。その独立戦争も又、奇跡と言わざるを得ない。

(a) エジプトでの奴隷(BC2,000年頃)
 アブラハムに対する神の約束(創世記12:1〜3)、彼の子孫がエジプトで400年間奴隷となる事が予告される(創世記15:13,14)。この予告は歴史上文字通り実現した。モーセに由る出エジプトとパレスチナへの帰還。BC1,440年頃。

(b) 特別の契約(祝福と呪い)・・・カデシ、バルネヤに於ける契約
● 神に従えば世界で最も祝福された民族となる(申命記28:1,2)。
● 若し背き続けるなら、彼らは世界中の人々の物笑いとなり、祖国から二度追放される。一度目は或る一つの国の捕囚となり、二度目は全世界に散らされるという警告であった(申命記28:15〜、64〜66)。


(2) 預言の成就・・・ユダヤの歴史は神への反抗の歴史
(a) 最初の預言
 BC600年バビロンによって成就した。BC750年頃、神はイザヤに由って警告されていた一つの国とは「バビ ロン」である事が明らかにされた(イザヤ39:6)。
 BC600年頃、エレミヤは捕囚の期間が70年であると預言した(エレミヤ25:11)。バビロン捕囚の期間(BC606〜536年)、この預言はペルシャ王クロスの時、文字通り成就した(捕囚70年の成就)。

(b) 二つ目の預言はAD70年に成就
 祖国帰還後(約400年後)、約束の救い主が現れたが、彼らは、自分達の王、主を拒絶する事に由って再び呪いを選んだ(マタイ27:15〜25)。「その人の血は、私達や子供たちの上にかかってもいい。」(マタイ27:25)
     
● AD70年第一次ユダヤ戦争
 66〜70年、ローマの将軍バェスパシアヌスとその子ティトウスに由って。死者110万、奴隷9万7千人(マタイ24:15〜、ダニエル書9:27)。

● AD132〜135年第二次ユダヤ戦争
 「バル、コクバの乱」。この戦いの後、エルサレムには異教の名がつけられ、ユダヤ人の立ち入りは禁止され文字通り全世界に散らされ、離散、流浪の民となった。
    
(c)帰還の預言
 けれども神は彼らを完全にはお見捨てにはなられた訳ではなかった。「人類の歴史が終わりに近づいた頃、彼らを世界各地からパレスチナに連れ戻し建国される。」と予告された(エゼキエル36:24、イザヤ11:2、ゼカリヤ書10:8〜12)。
 ところが、これらの預言が実現する兆しは何世紀もの間、全くなかった。しかし、預言を研究していた学者達は「これらの預言は必ず成就する」と主張し続けてきた。

(d)イスラエル共和国の誕生(出エジプト19:4、申命記32:11,12)
 ベングリオンに由るシオニズム運動が始まり、時至ってこれらの預言は文字通り成就した。1930年代になって多数のユダヤ人たちが世界各地から大挙してパレスチナに帰還し始めた。1948年5月14日彼らは約1900年振りに祖国を父祖の地に再建したのである。

聖書の中に預言がある理由
 それは、聖書を通してご自身を現しておられる神が、ご自身こそ、真の神であられる事を人間に分からせる為である。その為に神は、預言を実際の歴史で実現させ、それを我々が確かめる事が出来るようにされたのである。そうでもしなければ頑固な人間は、聖書が神の言葉である事を認めず、又その御言葉に耳を傾けないからである(イザヤ48:3〜5)。


【2】 イエス・キリスト
(1) イエスキ・リストの出現は予告されていた
 聖書の主人公はイエス・キリスト。キリストの誕生は何千年も前から予告されていた(ヨハネ5:39)。いつ頃、何処で、どのように生まれ、どのようなご生涯を送られたか。歴史上、世界的な影響を及ぼした「聖人」と呼ばれる人々の中で生まれる前から家系が記録され、その生涯が預言されていたのはイエス・キリストのみである。


(2) 人種、家系、誕生
 人類の堕落後、直ちに神はアダムを通してキリストは人間の子供(女の末)として生まれる事を予告された(創世記3:15)。BC2100年頃、アブラハムを通してキリストはユダヤ人として生まれる事が予告される。創世記12:1〜には、12部族の中のユダ族から生まれる事が予告された(創世記49:8〜10)。
 更にキリストは、そのユダ族の中の「ダビデ家の家系」に生まれることが予告される(Uサムエル7:13〜17)。それから約250年経ったBC750年頃、預言者イザヤ等に由ってキリストが人間世界に生まれる目的が示された(53:4〜8,12)。処女降誕(イザヤ7:14)。主権者(イザヤ9:6,7)。
 同時期の預言者ミカは、キリストがユダヤのベツレヘムで生まれる事を預言した(ミカ書5:1〜2)。


(3) キリスト誕生の預言
 ダニエル書9:25、26(BC550年頃)によれば、キリストが「救世主」として公にご自分を人前に現されるのは「エルサレムの街を建て直せ」という命令が出てから「483年後」の事である。

● 「7週と62週」
 ダニエル書で言う「週=シュアブ」は「七の単位」を表す語で、それだけでは「7日」か「7年」かが分からないが、この文脈では「7年」を表す。「7週+62週」即ち、69週を表す。 
 さて、この文脈の「シュアブ」は「7年」であるから「69週」とは「69週×7年」の事と解釈される。ユダヤの歴史の一年は360日であり、それを日数に直すと17万3千8百80日となる。そして、歴史を調べてみると、「エルサレムを立て直せ」という命令は、BC445年3月14日にペルシャ王、アルタクセルクセスによって出された事が判明している。その日から数えて173,880日はAD32年4月6日となる。それは丁度キリストがイスラエルの王としてエルサレムに行かれた処刑前の日、日曜日に当っており、キリストが救世主として自分を表すと事前に預言されていた通りである。
 又、BC550年頃の預言者ゼカリヤはメシアのエルサレム入城を預言している(ゼカリヤ9:9〜10→マタイ21:5〜10、ヨハネ12:12〜16)。

● 唯一の該当者
 以上の様に、キリストについての預言は、時代と共に具体的になっていった。全人類の中でも少数民族であるユダヤ民族からと指定され、数多くあったユダヤ人の家系中でもダビデ家からお生まれになられると限定され、ベツレヘムで生まれると場所まで指定された。
 そして、その人物はエルサレムの再建の命令が出てから483年後に救世主として公に現れ、更に生涯の終わりには十字架刑に処されると預言されていたのである(申命記21:23→ガラテヤ3:13)。「その62週の後に、油注がれた者は断たれ」とあるように(ダニエル9:26)。
このように、これら一連の預言が当る人の範囲は時代と共に狭まっていき、遂には、イエス・キリストと呼ばれる一人の人物しか、該当しなくなるのである。
 今から約二千年前、イスラエルでは聖書に精通した敬虔な人々は、約束の救世主の到来を待望していた。当時のヨセフとマリアはナザレに住んでおり、ローマ皇帝アウグストの住民登録の勅令によって60キロも離れた自分達の本籍地ベツレヘムへ向かった。そのベツレヘムの馬小屋でキリストは誕生された。神は御子の誕生の預言を成就の為に、時のローマ皇帝さえもお用いになられたのである(ルカ2:1〜12)。
 偶然にしては不思議すぎる一連の出来事と完全なタイミングが重なってキリストは預言通りに、定められた時に、定められた方法で、定められた場所でお生まれになられたのである。


(4) 反論は却って預言の成就を確実にする
 予言を認めない人々は「キリストは事前にその事を知っており、その通りにしたに過ぎない」と反論する。確かに主イエスはご自分についての預言を全てご存知で、その実現をご自身の使命としておられた(マタイ26:47〜54)。しかし、ご自分で実現できない預言も数多くあった。

● 当局は群集の暴動が起こるのを恐れて、イエスの処刑を過越の時以外にしようと考えていた(マタイ26:5)。しかし、事は彼らの計画に反し主イエスは過越の祭りの最中に処刑された。それは、主が過越の子羊であられたからである。
● 主の骨は折られなかった(出エジプト12:46→ヨハネ19:33,36)。
● 悪人共と共に十字架に架けられた(イザヤ53:12→マタイ27:38)。
● 主の衣のくじ引き(詩篇22:18→マタイ27:35、ヨハネ19:23、24)。
● 富める者と共に葬られた(イザヤ53:9→マタイ27:57〜60)
● ユダの裏切り(詩41:9→ヨハネ13:18)。又、彼が主を銀貨30枚で売った事(ゼカリヤ11:12→マタイ26:15、27:3〜10 )。
● 主が捕らわれた時、弟子達が逃げた事(ゼカリヤ13:7、マルコ14:27,50)。
これらの預言の成就にどう反論出来ようか?


(5) イエス・キリストについての預言の意味
● 聖書は普通の書物ではない。霊感された神の言葉。
● イエス・キリストは普通の人(世界三大聖人の一人)ではない。人となられた神の御子であられる。

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出エジプト記・・・出エジプト記は旧、新約聖書の土台、心臓部 (2006年01月20日)

【1】 内容
 本書(出エジプト記)の様式と内容は、創世記のそれとは大変異なっている。創世記ではその多くの叙述に於いて個人(アダム、アベル、ノア、アブラハム、イサク、ヤコブ、ヨセフ)と個人に関係のある出来事に焦点が当てられていた。しかし、本書に於いて傑出した人物と言えばモーセのみである。本書に於ける強調点は、イスラエルの民の贖いとシナイに於ける契約【注1】である。
 本書の前半に於いては、アブラハム契約に基づいてヤハウェが、イスラエルの民を贖い出される業が記されている。その為に指導者となるモーセを選び、その器をシデアンの荒野に於いて整え、エジプトに送り返す。民の救出の業は十の災害をもって成されるが、その最初の頂点は十番目の災害である初子の死と過越の出来事である。そして、ヤハウェによるイスラエルの民の贖いの業は葦の海の渡渉に於いて最高潮に達する。

【注1】シナイ契約の中心点はじ
十戒の授与である。それに続いて契約の書が記され、25章以下に於いては幕屋の建設に対する規定が詳説されてされている。


【2】 目的と主題
 本書(出エジプト記)は贖い契約の書である。五書に置かれている位置から言えば神がアブラハムと結ばれた契約を、その子孫に対してどの様に履行されたかを記した書である。
 ヤハウェなる神は、アブラハムとの契約に基づいてイスラエルの民をエジプトから救出し、御自身の民となし、この民と契約を結ばれた。この事は、ヤハウェが御自身の契約に対して極めて忠実な方である事を、その偉大な力をもって立証した事になる。
 そして、このイスラエルの民の経験(
贖い契約)は、後のイスラエルの民の歴史と思想とに大きな影響を与える事になるのである。


【3】 旧約聖書に於ける「出エジプト」の位置・・・出エジプト記は旧(新)約聖書の土台、或いは心臓部である。
 前述した様に契約の思想がイスラエルの民の歴史と思想、信仰と生活の凡ゆる面に影響を与えている。事実、預言者達のメッセージの土台なっているのは、『出エジプト記』に於ける贖い契約である。「あなた方をエジプトの地から連れ上り、荒野の四十年間あなた方を導き、エモリ人の地を所有させたのは、この私だ。」(アモ2:10)これはヤハウェとイスラエルの関係についてのアモスの理解の基本であった。

 同様の事はホセアのメッセージのも見られる(ホセア11:1、13:4)。この様に出エジプトとそれに関連のある事件を、ヤハウエがイスラエルを御自身の民とする為の選びとして神学的に解釈し、文に訴える事が、アモスとホセアにとって基本的な立場であった。

 又、同じ様に、紀元前八世紀の後半にかけて活躍したイザヤに於いても出エジプト記がその神学思想の根幹をなしている。それは40〜55章に於いて顕著である。

●イザヤ40:3〜5「荒野の大路」、●41:17〜20「荒野の変容」、●42:14〜16「主が民を導かれる」、●43:1〜3「贖われたイスラエルの帰還」、●43:14〜21「新しい出エジプト」、●48:20〜21「バビロンからの出エジプト」、●49:8〜12「約束の地への帰還」、●51:9〜11「海路での勝利に保証された救い」、●52:11,12「新しい出エジプト」、●55:12,13「喜びの内に出て行くイスラエル」

 又、エレミヤの予言活動の最初の言葉は、出エジプトとシナイに於ける神とイスラエルの関係を強調する事に由って始まっている(エレミヤ2:2,3、5〜7、7:21、7:21〜27、16:14,15、23:7,8)。
 更にエレミヤは、このシナイ契約をイスラエルの民が破ったにも拘わらず、神は永遠の愛をもって民を愛し、誠実を尽くし続けた(出エジプト20:6、エレ31:3)と述べ、この契約はやがて破棄され、ヤハウェは新しい契約をイスラエルの家のユダの家とに結ぶ事になると宣言する(エレミヤ記31:31〜34)。
 そして、この新しい契約は、ダビデ契約との関連に於いても述べられている。「その日、私は、ダビデに一つの正しい若枝(イエス・キリスト)を起す。彼は王となって治め、栄えて、この国に公義と正義を行う。その日、ユダは救われ、イスラエルは安らかに住む。その王の名は『主は私達の正義』と呼ばれよう。」(エレミヤ23:5,6)。要するに、シナイ契約はダビデ契約を通過して新しい契約へと繋がっている。そして、この契約の出発点は、アブラハム契約である(創世記12:1〜3、15:5〜21、17:1〜9)。このような思想はミカ書(5:2、6:4)、エゼキエル書(20:1〜44、34:23〜31、37:15〜28)の内にも明瞭に見出す事が出来る。

 この様にヤハウェとイスラエルの関係に関して、出エジプト於ける贖いとシナイ契約にその基調を置いたのは、単に預言者達だけではなかった。彼らの歴史書、詩篇、知恵書の内にも、彼らが
贖われた民契約の民(選民)であるという思想が、その根底を貫いている。
 例えば、詩篇に於いては、出エジプト記との関係箇所が各所に見出される。(詩篇67:7,8、77:20、78:13〜31、81:5〜14、135:8,9、136:10〜16)
 又、ヨブの有名な信仰告白に含まれている「贖う方」「ゴエール」(ヨブ記19:25)の思想は明らかにシナイ契約と関係がある。

 以上の様に、イスラエルの民の生活と信仰とは、ヤハウエなる神が彼らの先祖を救い出し、シナイ山で契約を結び、イスラエルの生活の宗教的、道徳的基礎を形成した律法を啓示されたという確信に根ざしていたのである。


【4】 創世記との関係
 この事実は創世記の理解にも大きな影響を与える。創世記の記事は、歴史的順序から考えるなら出エジプト記よりも以前の出来事であって、原初の創造であり、堕落があり、族長時代を経て出エジプト、シナイ契約へと記事は連続していく。
 構成された記事の表現として順序はこの通りであるが、創世記の著者モーセにとっての中心的出来事は、エジプトからの救出と契約にあった。換言すれば著者に創世記を書かせた動機は(神の霊感のもとに)、シナイに於ける契約によって神の民とされたイスラエルの民が、彼らの父祖アブラハムとどの様に繋がっており、又族長アブラハムは人祖アダムとどの様に繋がっているかを記す為であった。
 つまり創世記とは、人間の堕落と、その中からのイスラエルの民の選びの救済史なのであって、その中心はエジプトからの贖いの業にある。それ故、創世記の記事を含めて、創世記には、出エジプトの救済と契約の光の投影を受けないで全く独立的に記されたものは何一つない。

 以上の様に、出エジプト記が旧約聖書全体の記事の土台であり、心臓部の役割を果たしているという事である。そして、この出来事は、主イエス・キリストの十字架によって立てられる新しい契約のひな型であり、従って出エジプト記は、新約聖書の心臓部でもあるという事が出来る。

(1)天地創造と人類の堕落、(2)族長の選び、(3)イスラエル王国、(4)預言者、(5)詩歌、知恵文学
出エジプトの
契約贖いは、イエスキリストの十字架により成就する。


【5】 新約聖書のとの関係
 アウグスティヌスは「新約聖書は旧約聖書中に隠れ、旧約聖書は新約聖書の中で明らかになる。」と言ったが、この言葉は特に出エジプト記と新約聖書との関係についても言う事が出来る。イスラエルの民がヤハウェによってエジプト人の縄目から救い出され、その後にシナイに於いて契約が結ばれた事は、人類がイエス・キリストによって悪魔の縄目から贖い出され、カルバリに於いて永遠の契約が新たにされた事のヒナ型である。

 この事は、イスラエルの救いを覚え、それを記念する祭りである過越の食事が、主イエス・キリストの十字架の贖いを覚え、それを記念する聖餐の儀式へと変わり、過越しの子羊が殺される時に主イエス・キリストが十字架上で死なれた事のうちに、明瞭に表れている(マタイ26:17〜29、マルコ14:12〜25、ルカ22:1〜20)。
 キリストの死は単に出エジプトに於ける贖いの完成だけではなく、祭儀律法の完成でもある。へブル書の著書は次の様に記している。「けれども、キリストは既に実現している・・・中略・・・永遠の財産を受け継ぐ為にほかなりません。へブル書9:11〜15」

 しかし、出エジプト記と新約聖書との関係は、前述の贖いと契約という基本的関係にとどまらず、それを土台として、両者の間には緊密な予表関係が存在している。即ち、新約の出来事の多くが、出エジプトのうちに予表されている。

【福音書】
●聖家族がヘロデの死後、エジプトから帰った事は、出エジプトであった(マタイ2:15→ホセ11:1)。マタイは「これは主が預言者を通して『私はエジプトから、私の子供を呼び出した』と言われた事が成就する為であった。」と態々に記している。

●共観福音書は三書とも、キリストの山上の変貌について記している(マタイ17:1〜8、マルコ9:2〜8、ルカ9:28〜36)。この山で栄光の雲が、キリストを覆い、その雲の中から神の声がする。これはシナイ山でのモーセの経験と似ている(出エジプト24:17、18、34:4、5)。

●ルカは、モーセとエリヤが主イエスと交わした会話は人類の救いの為のイエスの死の事であったとして、それをこの世からのイエスの「脱出」(エクソドス)と表現している(ルカ9:31)。又、(ルカ使徒1:3)ではキリストが真の約束の地である天に昇られたのは「死」(脱出)の40日後であった事を指摘している。この事は、イスラエルの荒野の滞在期間と予表関係にあると考えられる。

●ペンテコステの聖霊降臨も出エジプト記との予表関係を示している。伝承によると、イスラエルの民はエジプト脱出後50日目にシナイ山で律法を授与されたと云われている。五旬節は、ユダヤ人にとって農業祭であるだけではなく、大切な律法授与記念日でもあった。過越の祭がキリストの受難と復活の日に変えられた様に、律法授与記念日は聖霊降臨記念日に変えられたのである。

●ヨハネ福音も、出エジプト記に関連する予表論を微妙且つ、深遠に用いている。ヨハネは先ず「律法はモーセによって与えられ、恵みと真はイエス・キリストによって実現した(ヨハネ1:17)。」事を強調する。更に、五個のパンと二尾の魚をもって五千人(男だけで)に給食した奇跡は、神が荒野でマナをもってイスラエルの民を養った出来事と予表関係がある事を暗示して後、マナはイエス・キリストの予型であるとする。即ち、マナは荒野に於いてイスラエルの命を保つ為に神によって与えられたが、イエス・キリストは永遠の命を与える為に天から降ったものであると言う(ヨハネ6:48〜50→出エジプト16章)。ヨハネは又、イエス・キリストを「神の子羊」という言い方で表現した(ヨハネ1:29,36)。この事はヨハネの黙示録に顕著に見られる(黙示録5:6,8,12,13、6:1,16、7:9,10,14,17、12:11、13:8,11、14:1,4,10)。特に11:8では象徴的にエジプトの事に言及し15:3ではモーセの歌が子羊の歌と共に歌われ、15:5では天にある「あかしの幕屋」の事が述べられている。

●パウロも出エジプトに関連する予定論を用いている。彼はTコリント10章に於いて、イスラエルの民が雲と海(聖霊と水の象徴)によってバプテスマを受け、みな同じ御霊の食べ物を食べ、同じ御霊の飲み物を飲んだと述べた後、その水を出した岩はキリストの予型であると記している。その後でパウロは、「これらの事が起こったのは、私達への戒めの為です(Tコリント10:6)。」と言い、Tコリント10:11でも「これらの事が彼らに起こったのは、戒めの為であり、それが書かれたのは、世の終わりに臨んでいる私達への教訓の為です。」と重ねて強調している。
 特にロマ書5:14でパウロは「アダムは来るべき方のヒナ型です。」とアダムがキリストの予型であるという事でこの語を用いている。又、Tコリント5:7でキリストを「私達の過越の子羊」と呼び、Tコリント11:25では、その子羊の血による新しい契約が最後の晩餐に於いて制定された事を述べる。

 以上の様に、出エジプト記は新約聖書とも深い関係を持ち、出エジプトの贖いと契約の思想が、新約聖書に於いて、普遍的でより深い霊的な領域へと広がりを見せているといえる

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■ 聖書について (2005年4月1日)

【1】 写本
 今日、旧、新約聖書ともとも原典は失われている。聖書は写本により継続された。現在も知られている写本の総数4000位、その中でもっとも完全で知られている写本は下記の3つが挙げられる。

(1) シナイ写本
 1844年から聖カザリン修道院に保存されている。
 書かれたのはAD4世紀前半。新、旧訳聖書共に全部、唯一残っている写本。

(2) バチカン写本
 1481年からバチカンに保存されている。

(3) アレキサンドリア写本
 1627年から大英博物館に保存されている。


旧約聖書
 旧約聖書ははダビデ、ソロモンの時代に編集され中間時代(旧約聖書の終わり「マラキ書」から新約聖書「マタイによる福音書」に至るまでの400年間)の初期に39巻になった。

新約聖書
 新約聖書はAD397年のカルタゴ会議で新約27巻が承認された。


【2】 聖書は普通の本ではない。
聖書は(1)いつ頃、(2)誰によって書かれたか。
 聖書はBC1500年〜AD100年の1600年間にかけて、40〜50人位の記者達(王、祭司、農夫、羊飼い、猟師、医者、取税人)が、聖霊に動かされて書いたもの。聖霊のある神は、著者達が神の言葉を記すにあたり、誤りなく、記す事が出来るように守られた。

(1) 約1600年かかった
 普通の本は2〜3年、長くても10年位で書き上げられるが聖書は約1600年かかった。聖書の最も古い部分は今から約3500年前に書かれた。
日本で最も古い「古事記」や「日本書紀」は8世紀のものであるが、聖書はそれらが書かれる2200年も前に既に書き始められていた。そして、聖書の最も新しい部分は今から約1900年前に書かれた。

(2) 約40人の著者達
 国王、祭司、預言者、農夫、漁師、医者、極右翼、税務所員・・・
 彼らは違った時代、違った国、土地に住み、互いに連絡のとりようがなかったにもかかわらず、それぞれが神から示された通り書き記し、彼らの記したものは「聖なる本」として、それぞれの地方に大切に保存された。
 しかし、BC6世紀にユダヤの学者達がこれらの聖なる本を編集した39巻が今日の旧約聖書である。

(3) 調和と統一
 非常に不思議な事に、それぞれ違った時代、土地の人々がそれぞれ独立して書いたにもかかわらず、聖書には完全なる調和と統一があるという事である。
 (イ) 始めから終わり迄、一貫したテーマ、キリストによる罪の赦し。
 (ロ) 一人の主人公(イエス・キリスト)を中心に書かれている。
 (ハ) 矛盾が全くない。

(4) 神からの啓示
 それは各記者が各自の考えを勝手に書いたのではなく、
神から直接示された事をそのまま書いたという事である(Uペテロ1:21)。著者は秘書的存在。
 (例)国王、首相等元首の言葉(メッセージ)を秘書が書いても、それは元首自身が書いたもの見做されるように。


【3】 聖書の独自性を裏付けるものは預言。※予言と預言は違う。
 神は実際の歴史をそれが起こる何千何百年も前から聖書に預言された。
 預言者たちは、神が啓示した事をただ口で預言しただけでなく、それを記録させ、後代の人が実際に歴史と照らし合わせて見る事が出来るようにされた。
 そして今日、我々は聖書と世界史の本とを並べて比べることによって、預言が文字通り実現している事を客観的に実証する事が出来るのである。

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牧師について (2005年2月4日)

牧師とは
教会の頭であられる主は、ご自身の体である教会を建て上げる為に、それぞれの役割、立場をお定められた。
Tコリント12:27,28、Tペテロ4:12〜16、ガラテヤ1:6〜10、Uコリント2:17、Uテモテ4:1〜5


牧師の務め
牧師の務めは、御言葉を説きあかし、求霊と教育訓練に携わる。
Uコリント2:17、Tテサロニケ2:3,4、ガラテヤ1:1、Uテモテ4:1〜5

この使命を謙り、主にお仕えする事により全うする。教会は僕に仕える、僕の集まりだから。
Uコリント1:24、Tペテロ5:2〜4、Uコリント4:5

牧師は神の御言葉を信徒に取り次ぎ、信徒のために取り成しの祈りを献げ、牧者として信徒を霊的に養い育て、導く使命が与えられている。Tサムエル12:23

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神について (2004年01月30日)

【1】 神の本性
(1) 神の語義
 絶対者、創造主、全知全能、永遠、万物の根源。聖書は神の存在を証明しようとはせず、神の存在を大前提として記されている。

(2) 創造主
 聖書は唯一の神によって、天地万物が創造されたと教えている。万物はこの神の存在なくしては、存在し得ない事は自明の理である。この秩序ある世界が何の原因もなく存在するはずはない。この世界は知恵ある創造主の存在を明白に示している。

(3) 霊
 神は人間の肉眼では見えず、姿・形なく肉体を持たれず、全てのものを超越した存在者。故に神は感覚によってではなく、霊(信仰)によって理解できる。

(4) 人格
 神は、人格を持っている。神のかたちにかたどって人を造られた。キリスト教は神対人間という、二者の人格間の交わりとして定義されている。

(5) 三位一体
 聖書に於いて、ご自身を啓示された神は、父なる神、子なる神、聖霊なる神の3つの人格を持っておられ、しかも一体であられる。
 我々は、唯一の神を三位に於いて、三位を一体として礼拝する。しかも、位格を混合することなく、本質を分離することなく。


【2】 神の属性
(1) 全知
 神の全知という時、神が全ての事を知り、完全無欠の知識を所有しておられる事をいう。

(2) 全能
 神の全能とは神が意思された事を実現される事をいう。神の意思は、その御言葉によって現され、神の言葉は必ず実現する。

(3) 遍在
 神がどこにでも同時に存在される事をいう。

(4) 永遠不変
 神自身が永遠の命である。
 永遠・・・最初も最後もなく何の制限もない無限の期間である。
 不変・・・神の本性・属性が絶対的に不変であることをいう。


【3】 道徳的属性
(1) 聖・・・聖書で一貫している御性質(Tペテロ1:14〜19)
 預言者達は神が絶対的に聖なる方である事を強調している。
 神の「聖」の聖書的意味
 ●神は決して悪を行われない。(ヨブ記34:10)
 ●神はご自身の民に聖さを求めておられる。(レビ記11:43〜45)
 ●神は絶対的に清く完全なお方。(Tヨハネ1:15)
 ●それ故に神は罪・汚れを憎まれる。(箴言15:9〜26)
 ●神と人間の間を隔てる者は人間の罪。(イザヤ書59:12)
※この神の聖が罪に対する裁きと贖罪の必要性をもたらす。
※イエス・キリストの十字架は神の聖と愛を表している。
  イエス・キリストは我々を罪から救い出す為、十字架に死なれただけではなく、
  神の義(正義)と聖を満たす為に十字架にに死に、復活された。(ロマ書3:25、26、4:23)
※我々は罪の為に「死」ななければならないが、イエスを信じることで救われる。
  まさにこれが神の愛である。(ヨハネ3:16、ロマ書3:23〜26、4:23〜25、Uコリント5:21)

(2) 義と公平(ロマ書2:6〜11)
 「聖」は神御自身の性格に関係し、「義と公平」はその御性格が人間に向かって表された事をいう。神は、人種、身分、貧富、知識の有無にかかわりなく、悪は罰し、善には祝福を与えられる。
罪を犯した場合、その本人が責任を問われるが(エゼキヤ書18:4〜20)、その個人が罪を悔改め、その罪から離れるならば許される。(エゼキエル書8:31,32)

(3) 憐みとと慈しみ
 ●憐み
 神の憐みは心から罪を悔改める者をお赦しになる事によって表される。故に私達はこの神の憐みに、依り頼まなければならない。そうすれば神の豊かな赦しによる事が出来る。(Uペテロ3:9)
 もし、神が御自身の聖のみによって私達に臨まれるなら、私達は一瞬にして滅ぼされてしまう。しかし、、神は私達を愛と憐みにの故に忍んでおられる。(哀歌3:22,23)

 ●慈しみ
 神様に一切をお任せした瞬間に私達は神様の哀れみに包まれる。しかし、神様への反抗の結果は、苦しみや悲しみに取り囲まれる。

(4) 神の愛
 キリスト教は愛にいます至高の神を示している唯一の宗教である。
神の愛は神の本質そのものである。神の愛とは想像に絶する犠牲を払ってまで全人類の霊的・肉体的幸福を望んでいる神の御心のあらわれである。神の愛は私達罪人を救うために払われた犠牲において現されている。その犠牲とは、神のひとり子イエス・キリストを私達の代わりに十字架で裁かれた事に現されている。(ヨハネ3:16、4:10、ロマ書5:6〜10)

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牧師 大木 英雄