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説教要約&動画message

今週のメイン聖句

方針イメージ

Ⅰヨハネ1:10

 
もし、罪を犯してはいないと言うなら、私たちは神を偽り者とするのです。神のみことばは私たちのうちにありません。



10月24日礼拝メッセージ

「兄弟を愛する」
説教者:堺希望 兄



説教動画





引用聖句

Ⅰヨハネ2:7~11

07.愛する者たち。私はあなたがたに新しい命令を書いているのではありません。むしろ、これはあなたがたが初めから持っていた古い命令です。その古い命令とは、あなたがたがすでに聞いている、みことばのことです。
08.しかし、私は新しい命令としてあなたがたに書き送ります。これはキリストにおいて真理であり、あなたがたにとっても真理です。なぜなら、やみが消え去り、まことの光がすでに輝いているからです。
09.光の中にいると言いながら、兄弟を憎んでいる者は、今もなお、やみの中にいるのです。
10.兄弟を愛する者は、光の中にとどまり、つまずくことがありません。
11.兄弟を憎む者は、やみの中におり、やみの中を歩んでいるのであって、自分がどこへ行くのか知らないのです。やみが彼の目を見えなくしたからです。





説教要約

⓵愛することは新しくされ続ける

前回、聖書の命令とは「愛することがどういうことか」を示していると話しました。例えば、十戒を取り上げるならば

①唯一の神様以外、あってはならない。
②偶像を造ってはならない。
③神様の御名を軽々しく扱ってはならない。
④神様との時間を聖別しなければならない。
⑤父と母を敬う。
⑥殺してはいけない。
⑦姦淫してはいけない。
⑧盗んではいけない。
⑨嘘をついてはいけない。
⑩他人のものを欲しがってはいけない。

とまとめることができると思いますが、これがただのルールではなく、愛することがどういうことなのかを表しているとイエス様が解き明かされました。


「『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』
これがたいせつな第一の戒めです。
『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』という第二の戒めも、それと同じようにたいせつです。
律法全体と預言者とが、この二つの戒めにかかっているのです。
マタイ22:37-40

つまり、律法を守ることは本来、神様と人を愛することなのです。ところがこの愛することが、行ないだけでなく心の問題であるとイエス様が言われました。

「昔の人々に、『人を殺してはならない。人を殺す者はさばきを受けなければならない』と言われたのを、あなたがたは聞いています。
しかし、わたしはあなたがたに言います。兄弟に向かって腹を立てる者は、だれでもさばきを受けなければなりません。兄弟に向かって『能なし』と言うような者は、最高議会に引き渡されます。また、『ばか者』と言うような者は燃えるゲヘナに投げ込まれます。

『姦淫してはならない』と言われたのを、あなたがたは聞いています。
しかし、わたしはあなたがたに言います。だれでも情欲をいだいて女を見る者は、すでに心の中で姦淫を犯したのです。」
マタイ5:21-22,27-28

こんなレベルで守れなければ、神様も人も愛することにならないとしたら、いったい誰が守れるでしょう。また守りたいと思えるでしょう。私は絶望ばかりです。
しかし、その絶望こそが、神様の意図でした。


では、律法とは何でしょうか。それは約束をお受けになった、この子孫(キリスト)が来られるときまで、違反を示すためにつけ加えられたもので、御使いたちを通して仲介者の手で定められたのです。
ガラテヤ3:19

律法を守ることは誰もできない。救われるに値する人は誰もいない。それをはっきりとさせるために書かれたのが律法でした。
イエス様=神様ご自身が人となられて、この方だけが完全に神様と人を愛されました。そして、私たちすべての罪=愛せないこと、律法違反の罰を十字架で負ってくださったのです。


キリストが律法を終わらせられたので、信じる人はみな義と認められるのです。
ローマ10:4

私は私自身を憎んでいました。私は人を愛するどころか傷つけてばかりの人間です。生きているより、死んだ方がましな人間だ。そう思っていました。
しかし、イエス様が私を愛してくださり、私の罪を終わらせてくださったので、今私はだめな自分を憎む必要がなくなりました。愛することができるようになっていきました。
イエス様をただ信じるだけで、罪が赦され、救われて天国に行く事ができます。

Ⅰヨハネに戻ります。前回見てきましたのは、神様の命令すなわちみことばが、救われるまではただの重荷で不可能なことだったのが、救われた人にとっては守りたいものに変わるということでした。そして神様ご自身が、本来ならば絶望するしかなかった心を変え続けて下さるのです。それは罪が赦されて、愛されて、救われたからです。


愛する者たち。私はあなたがたに新しい命令を書いているのではありません。むしろ、これはあなたがたが初めから持っていた古い命令です。その古い命令とは、あなたがたがすでに聞いているみことばのことです。
しかし、私は新しい命令としてあなたがたに書き送ります。これはキリストにおいて真理であり、あなたがたにとっても真理です。なぜなら、やみが消え去り、まことの光がすでに輝いているからです。
Ⅰヨハネ2:7-8

今日の箇所である2:7-8には、新しい命令としてそれを書き送ると書いてあります。命令自体は、何度も聞いた事のあるものなのですが、

神のうちにとどまっていると言う者は、自分でもキリストが歩まれたように歩まなければなりません。
Ⅰヨハネ2:6

このみことばに向き合う人にとって、神様の命令は新しくされ続けるということなのです。それは「キリストにおいて真理であり、あなたがたにおいても真理です」。イエス様は、十字架の愛を示した時に、今まで聞いてきた「神を愛し人を愛する」ことを全く新しくしてしまいました。どれほど新しくされたか、そのすべては私では語り切れませんし、この場でも語り切れません。
ただひとつ挙げるなら、イエス様は十字架につけられた時にこのように祈られました。


「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」
ルカ23:34

これは、直接イエス様に釘をうったローマ兵たち、遠巻きに見て「神の子なら十字架からおりてこい」と馬鹿にする祭司長、律法学者たち、そして「十字架につけろ」と裁判で叫んで、無実のイエス様を死刑にした民衆のためです。
イエス様はある時教えられました。


『自分の隣人を愛し、自分の敵を憎め』と言われたのを、あなたがたは聞いています。
しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。
それでこそ、天におられるあなたがたの父の子どもになれるのです。天の父は、悪い人にも良い人にも太陽を上らせ、正しい人にも正しくない人にも雨を降らせてくださるからです。
自分を愛してくれる者を愛したからといって、何の報いが受けられるでしょう。取税人でも、同じことをしているではありませんか。
また、自分の兄弟にだけあいさつしたからといって、どれだけまさったことをしたのでしょう。異邦人でも同じことをするではありませんか。
だから、あなたがたは、天の父が完全なように、完全でありなさい。
マタイ5:43-48

自分が好意を持てる相手どころか、関係ない人でもなく、自分に害を加える人や攻撃してくる人を愛して祈りなさいと言うのです。人間には不可能と思われます。
しかし、この通りをイエス様は十字架の上で行なったのです。愛することが新しくされた瞬間でした。

私たちも、もしイエス様の跡を追って行きたいと願うなら、同じように普通の人ならしたいとも思わないこと、愛したいとも思えないことに直面します。しかし、そこで自分の力ではなく、自分の限界のある愛ではなく、あの十字架のイエス様を見上げて、その方が助けて下さることを信じ、祈って向き合っていくなら、私たちの内側でも、愛することは新しくなります。私たちの「愛すること」は、イエス様の力によって、新しくされ続けるのです。
コロサイ書に、その素晴らしい変化のことがこのように書いてあります。


あなたがたも、以前、そのようなものの中に生きていたときは、そのような歩み方をしていました。
しかし今は、あなたがたも、すべてこれらのこと、すなわち、怒り、憤り、悪意、そしり、あなたがたの口から出る恥ずべきことばを、捨ててしまいなさい。
互いに偽りを言ってはいけません。あなたがたは、古い人をその行いといっしょに脱ぎ捨てて、
新しい人を着たのです。新しい人は、造り主のかたちに似せられてますます新しくされ、真の知識に至るのです。
コロサイ3:7-10


②兄弟を愛する

光の中にいると言いながら、兄弟を憎んでいる者は、今もなお、やみの中にいるのです。
兄弟を愛する者は、光の中にとどまり、つまずくことがありません。
兄弟を憎む者は、やみの中におり、やみの中を歩んでいるのであって、自分がどこへ行くのか知らないのです。やみが彼の目を見えなくしたからです。
Ⅰヨハネ2:9-11

そのようなキリストの跡を辿る歩みができなくなることがあります。とても分かりやすい表現ですが、兄弟を憎む状態のことです。同じクリスチャン同士の間で嫌いになることはままあるのではないかと、正直に思います。たとえクリスチャンでも罪人なので、それは起こるでしょう。

この話題については、私自身がかつて兄弟を憎む者でしたので、多くのことを話すことができないというのが正直なところです。

私は活発と言うよりは内向的な人間なのですが、私が嫌ったのは外交的な人でした。私は単に馬が合わないから嫌ったのではなく、その人が自分たちのグループのことにしか関心を示さず、取り残された人を顧みなかったので嫌っていました。私としては、自分には正当な理由があると思っていたかもしれません。

しかし、はっきりと神様に示されるまで、私はその人を憎んでいるとは自分では思っていなかったのです。何度か話しているので繰り返しになりますが、神学校に入ってすぐのころ、まさにこのⅠヨハネを読んでいる時でした。特に4:20で「神を愛すると言いながら兄弟を憎んでいるなら、その人は偽り者です。目に見える兄弟を愛していない者に、目に見えない神を愛することはできません」とありました。それを読んだ時、私はまさに神様にお仕えすると言いながら人を憎む心があることに気付かされたのです。

すぐに悔い改めようと、その心を神様に祈りました。しかし、答えはイエス様が私を赦してくださったように「赦す」ことだと分かり切っているのですが、どうしても私は赦すことができませんでした。その後も、ことあるごとにその心が示され、その度に祈るのですが、赦せませんでした。

私は、「神様のために教会に仕えることになる身なのに、こんな心を持ったままでは八方ふさがりだ」と絶望していきました。赦す心すら、自分にはなかったのです。

しばらく時が過ぎて、ある時神様は、嫌っている方の信仰を私に見せてくださいました。また、自分の知らないところで起こっていたその人自身の戦いも。その方の信仰が分かった瞬間、私はあれだけ悩んでいたのが嘘のように、一瞬でその人を赦すことができました。それ以来、私はその人を愛しているのです。

これは人間業ではありませんでした。私には人を憎む心と、それを神様から教えられても赦すことのできない心しか持ち合わせていなかったのです。しかし、神様が、状況も私の心も変えてくださって、今の心地よい関係に導いてくださいました。


光の中にいると言いながら、兄弟を憎んでいる者は、今もなお、やみの中にいるのです。
兄弟を愛する者は、光の中にとどまり、つまずくことがありません。
兄弟を憎む者は、やみの中におり、やみの中を歩んでいるのであって、自分がどこへ行くのか知らないのです。やみが彼の目を見えなくしたからです。
Ⅰヨハネ2:9-11

光の中にいるならば、つまり兄弟を愛しているなら、その人は自分がどこを歩いているか分かっているので、つまずくこと=倒れることがありません。しかしもし兄弟を憎んでいるなら、それは罪なので、実は暗闇の中を進んでいるのであって、どこに行くのか分からないのです。
また、


もし私たちが、神と交わりがあると言っていながら、しかもやみの中を歩んでいるなら、私たちは偽りを言っているのであって、真理を行ってはいません。
しかし、もし神が光の中におられるように、私たちも光の中を歩んでいるなら、私たちは互いに交わりを保ち、御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます。
Ⅰヨハネ1:6-7

とあるように、光の中にいるならば神様との親しい交わりがあるのです。暗闇にいるならば、神様から離れている状態になっています。
解決は、頑張ることではありません。自分を打ちのめすことでもありません


もし、私たちが自分の罪を言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。
Ⅰヨハネ1:9

すべての罪をきよめてくださる方に、正直に打ち明けてみてください。それが始まりです。そして、究極の解決です。イエス様は、兄弟を憎むその罪のためにも十字架にかかり、その後よみがえって勝利してくださったからです。

最後に、暗証聖句の最後に、Ⅰヨハネ4:7-10を皆さんで読みましょう。
ここに出てくる「愛」は、人間が生まれつき持っている愛ではありません。神様しかもっていないはずの無償の愛です。
イエス様についていく人は、神様の愛をいただけるのです。


愛する者たち。私たちは、互いに愛し合いましょう。愛は神から出ているのです。愛のある者はみな神から生まれ、神を知っています。
愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だからです。
神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。
私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。
Ⅰヨハネ4:7-10



【説教者:堺希望兄】






過去の説教要約&動画
※動画には手話通訳があります

  メッセージ内容(PDF) 動画(YouTube) 
2021.10.24 兄弟を愛する...NEW
説教者:堺希望 兄
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2021.10.10 キリストの復活を宣べ伝えたサウロ
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2021.10.03 サウロの救い
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2021.09.26 みことばを実践する
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2021.09.19 御言葉に従ったピリポ
説教:大木英雄牧師
2021.09.12 聖霊の満たし
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2021.09.05 御霊に満たされたピリポ
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2021.08.15 ステパノの攻撃
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2021.08.08 御霊と知恵に満ちていたステパノ
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2021.08.01 サタンとの戦い
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2021.07.25 光の中を歩むために
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2021.07.18 自分の栄光を現そうとした罪
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2021.07.11 足なえを癒したのはイエス・キリストの権威
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2021.07.04 ペテロの足なえの癒し
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2021.06.27 教会が祝福されるために
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2021.06.20 ペンテコステとペテロのメッセージ
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2021.06.13 キリストの復活からペンテコステまで
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2021.06.06 結末
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2021.05.30 感謝を持って礼拝をささげる
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2021.05.16 新しいエルサレムの特徴-前半-
説教:大木英雄牧師
2021.05.09 新しい天と新しい地
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2021.05.02 白い御座の裁き
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2018.10.28 「Mrs.Zion」の賛美と証し
2016.11.16 「秋の賛美」コンサート






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